アジャイルコーチの備忘録

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新人スクラムマスターやアジャイルコーチ必読!?『アジャイルコーチヒッチハイク・ガイド』【現在無料】

はじめに

今回は、アジャイルコーチに限らず、スクラムマスターやエンジニアリングマネージャーにも是非オススメしたい『The Hitchhiker's Guide to Agile Coaching(アジャイルコーチヒッチハイク・ガイド)』という本をご紹介します。*1
現在(2020年07月23日)、今なら無料で以下よりダウンロードできます。

www.agile42.com

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私は様々なエンタープライズ企業でアジャイル導入支援をしています。
この一年、様々なアジャイル関連書籍を読んだ中で、どの本も素晴らしいと感じる一方、仕事で感じているモヤモヤや困り事に対応していない、というもどかしさを感じていました。

今、ようやく探していた一冊に辿り着けたような気がしています。

てわけで前置きが長くなりましたが、なぜ本書をオススメしたいのかと、本書で紹介されているテクニックの一部をご紹介していきます。

本書をオススメする理由

本書をオススメするのは、あまり語られることがない、アジャイルを定着させるためのコーチングスキルについて実践的なテクニックやフレームワークが豊富に紹介されているためです。

Agile thinking and agile practices are easier to learn than coaching skills. There are agile books, Scrum training, workshops, conferences, communities and a lot more available, however for many people the main problem is, in fact, the unlearning of old thinking patterns.

アジャイル思考やプラクティスはコーチングスキルよりも簡単に学べます。アジャイル関連書籍、スクラムレーニング、ワークショップ、カンファレンス、コミュニティ、その他多くのものがあります。

前書きに、アジャイル関連書籍は「仕事で感じているモヤモヤや困り事に答えていない」と書きましたが、それもそのはず。

  1. アジャイルマインドやプラクティスのスキル
  2. アジャイルを定着させるためのコーチングスキル

1と2は異なるスキルなのにも関わらず、私が1の本に2の情報に求めていたからなのです。
そして、1に関する情報はあふれていますが、2に関する情報はまだまだ多くありません。*2

They have started out as new agile coaches with reasonably good agile knowledge, but do not know enough about coaching. If you belong to this group, this book is for you.

彼らは、合理的で優れたアジャイルナレッジを持ちながらも、コーチングについて十分な知識を持っていない新人アジャイルコーチとしてスタートしました。
もしあなたがこのグループに属しているなら、この本はあなたのためのものです。

まさに私がそうでした。

全くコーチングスキルがないままこの世界に飛び込んだ私が取れた唯一の選択肢は、「狂信者」になることでした。つまり、現場で、アジャイルマニフェストスクラムガイドを掲げて「スクラムではこうしてください!」「それはアジャイルマニフェストと違います!」と叫んでいたのです。

結果、変わらないどころか、悪化する現実......

なぜなら、

however for many people the main problem is, in fact, the unlearning of old thinking patterns.

しかし多くの人にとっての主な問題は、結局のところ、古い思考のアンラーニングです。

多くの企業にとってアジャイル導入時の主要な問題は「古い思考のアンラーニング」だからです。
経験的にも、古い思考をアンラーニングしながら新しい思考をインストールするためには、アジャイルに関するスキルと同じ位、優れたコーチングスキルが必要になります。本書は、そのための本なのです。

個人やチームにどう問いかけるべきか?

ここからは本書で紹介されているテクニックのごく一部をご紹介します。

ナラティブ・クエッショニング

どのように個人やチームに質問を投げかけるか? は、私のようなコーチング初心者にとってとりわけ難しいテーマの一つです。
そんな中、本書で紹介されている北欧の家族療法の理論家カール・トム(Tomm, K.)のナラティヴ・クエッショニングが参考になりました。トムは4つの質問を意識して質問することが重要だと言います。

1. リニア・クエッション(刑事の質問)
 直線的因果律の構え・探索的意図
 (いつ、何処で、誰が、何を)
2. サーキュラー・クエッション(探検隊の質問)
 円環的因果律の構え・探索的意図
 (一体全体どうなってるんだろう)
3. ストラテジック・クエッション(教師の質問)
 直線的因果律の構え・戦略的意図
 (正しく導くための質問)
4. リフレクシブ・クエッション(ファシリテーターの質問)
 円環的因果律の構え・戦略的意図
 (新しい物語へのきっかけを作る質問)

http://www.jahbs.info/TB2017/TB2017%202-6.pdf より引用

たとえば、プロダクトオーナーが複数いる現場を、一人のプロダクトオーナーに導きたいとします。

以前の自分は以下のようなストラテジック・クエッションをふりかざし、教師のように振舞うのが精一杯でした。

  • スクラムガイド にはプロダクトオーナーが何人と書かれていますか?
  • 本来は何人が望ましいですか?

しかし、ストラテジック・クエッションだけでは現実は動きません。
現実を動かすためには、以下のようなリニア・クエッションで刑事のように、事実を確認する必要があり、

  • いつからプロダクトオーナーが複数人になりましたか?
  • 複数人のプロダクトオーナーは具体的に何をしてますか?

以下のようなサーキュラー・クエスチョン文化人類学者のように、組織や人がどのような世界観と構造を持っているかを確認する必要があり、

  • なぜプロダクトオーナーが複数人になったのでしょうか?
  • プロダクトオーナーが複数人いることで何か課題はありますか?

そして、以下のようなリフレクシブ・クエッションファシリテーターとして、相手の世界観を尊重しながら、アジャイルとしても適切な地点に着地させる必要があります。

  • プロダクトに一番詳しいあなたが、開発チームとモブでプロダクトバックログアイテムを作ることで知識をシェアしていくのはどうでしょうか?

経験豊富なコーチやコンサルタントを観察すると、この質問の使い分けを上手にしていることに驚かされます。

ブリッジクエスチョン

アジャイルコーチは個人だけではなく、チームに対しても質問しなければなりません。
本書が素晴らしいのは個人に対してだけではなく、チームに対する問いかけのテクニックやフレームワークも豊富に紹介されていることです。
たとえば、メンバーの態度、経験、意見、提案の間の架け橋となり、チームの共通理解を築くためのブリッジクエスチョン(bridging questions)は、発言するメンバーの意見が偏っている場合や、形成期のチームに有効だと感じています。

  • ブリッジクエスチョンの例

“What similarities do you see in what different people are saying here?”
“In what way do the things Paul is speaking about link to your interest in the subject? What can you add to this?”
“In what way are you inspired when you hear the others discuss the subject?”
“Is there something you feel that the others have forgotten in their discussion?”
“In which way can you see that your thoughts are aligned with other people’s opinions? In which way do your thoughts differ from the others’ opinions?”


"異なる人々がここで述べていることにどのような類似点がありますか?"
"パウロが話していることは、どのようにしてあなたの興味と結びついているのでしょうか? あなたはこれに何を加えることができますか?
"他の人たちがこのテーマについて話しているのを聞いて、あなたはどのような点で感銘を受けましたか?"
"他の人たちが議論する中で、何か忘れていると感じることはありますか?"
"自分の考えが他の人の意見とどのように一致していると思いますか?自分の考えと相手の意見はどのように違いますか?"

おわりに

今回は、『The Hitchhiker's Guide to Agile Coaching』をご紹介しました。

もちろん本書では「ナラティブ・クエッショニング」や「ブリッジクエスチョン」などの質問についてだけではなく、傾聴やシステムコーチやスポーツコーチとアジャイルコーチの違い、各スクラムイベントでのチェックポイント、5Dモデル、チームの成長モデル等、明日から役に立ちそうな様々なテクニックやモデルが取り上げられています。

Agile coaching is not magical handwaving. It is a soft but very very structured skill.

アジャイルコーチングは、魔法の手振りではありません。
ソフトではありますが、非常に、非常に構造化されたスキルです。

本書は、アジャイル推進者のための本に見えて、実はアジャイルではなくても有用な本です。
私のようにアジャイル推進で苦戦している方だけではなく、組織に新しいことをもたらそうと苦戦している方が一人でも多く本書を知るきっかけになればと思います。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

*1:引用は全て『The Hitchhiker's Guide to Agile Coaching』からの筆者の仮訳です。

*2:もちろん『アジャイルコーチング』や『Coaching Agile Teams』など素晴らしい書籍がありますが、本書はコンパクトながらとても充実した内容でした。また、以下の本を読むのが楽しみです! www.amazon.co.jp