アジャイルコーチの備忘録

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アジャイルは世界を変えるか? [動画紹介]TED: アジャイル国家: ニュージーランドのテロへの対応(TED: Agile Nation: New Zealand's response to terrorism)

はじめに

5月15日にニュージーランドで開催されたTED×Auklandの「アジャイル国家: ニュージーランドのテロへの対応(Agile Nation: New Zealand's response to terrorism)」というトークにとても感動したので、ぜひご紹介したいと思い書きました。

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TED

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  • 紹介したい理由
  1. アジャイル」について知り、または理解を深めることができる
  2. アジャイル」がビジネスだけではなく、社会や個人に大きな影響を与えうると知ることができる
  3. 個人的に今後のビジョンやキャリアを考える上でのヒントになりそうだから

*1

スピーカー

スピーカーはオークランド大学でソフトウェア工学、特にアジャイル開発について研究しているRashina Hodaという方です。

rashina.com

彼女は、アジャイルへの転換、自己組織化チーム、アジャイルプロジェクト管理、顧客とのコラボレーションなどのトピックに関する70以上の研究論文を発表し、アジャイルチームと産業環境におけるマネジメントについて10年以上研究してきた。

Rashinaの「アジャイルになるための理論(Theory of Becoming Agile)」は、2017年のInternational Conference on Software Engineeringで優れた論文賞を受賞し、彼女のアジャイルチームの変革ツールは業界で高く評価されている。また、オークランド大学でアジャイルコースを作り、運営している。
(TedxAulklandのサイトより引用)

背景

トークの背景には3月15日にニュージーランドを襲った「クライストチャーチモスク銃乱射事件」という非常に痛ましいテロ事件があります。

イスラム教礼拝日である金曜午後に、ニュージーランド南島の都市クライストチャーチのアルノール(マスジドゥンヌール)・モスクおよびLinwood Avenueにあるモスクが連続して襲撃され、51人が死亡(うち2人は病院で死亡、1人は後に現場で発見)。49人が負傷し、病院で手当てを受けた。28才のオーストラリア国籍のブレントン・タラント(Brenton Tarrant)が同日に逮捕された[1][2]。本事件はニュージーランド史最悪の犯罪事件となった[3][4][5]。
(Wikipediaより引用)

恥ずかしながら、事件について漠然としか知らなかった自分。今回のブログを書くにあたり、
ニュージーランド乱射事件 - BBCニュースの記事を一つ一つ読みました。51人という死者だけではなく49人のも負傷者が出たこと、フェイスブックに白人国家主義的な画像の投稿禁止を決断させたこと、各国首脳の反応が賛否を呼んだこと等、世界を揺るがす本当に大きなテロ事件であることを始めて知りました。

個人的には、死者についてのプロフィール記事の一つ一つ、そして負傷者についてジャシンダ・アーダーン首相が語った「銃弾を1つしか受けなかった人は1人もいませんでした」「私たちが被害者の心理的影響を考慮する以前に、彼らはこの先 一生障害を背負っていくのです」という言葉に、胸がつまりました。

概要

トークは、このクライストチャーチモスク銃乱射事件への首相または社会からの対応を、アジャイル的視点から分析したものです。

アジャイルとはなにか

みなさんは、「アジャイル」と言うことを聞いたことはあるでしょうか?

Rashina氏は最初に、アジャイルとは何かについて語ります。
氏が好む「アジャイル」の定義は以下の通りです。

私たちのマインドセットや働き方に影響を与える一連のガイドラインです、
人間に焦点をあてること、反復的で漸進的なアプローチ、変化への迅速な対応によって特徴づけられます。

続けて氏はアジャイルを「より速く、より良いソリューションを得るためのガイドラインであるが、アジャイル自体はソリューションではないこと」「アジャイルである/でない、などの2分法(バイナリ)ではなく、あいまいな境界を持つ連続体(スペクトル)であること」「1度きりのイベントではなく、永遠にカイゼンしていく旅のようなものであること」と語りました。

ソフトウェア開発あるいはビジネスに「アジャイル」という言葉が本格的に適応されたきっかけは、2001年に公開された「アジャイルソフトウェア開発宣言」です。それは4つの価値と12の原則というごく短い文章からなりたっています。

  • プロセスやツールよりも、個人と相互作用
  • 包括的なドキュメントよりも、動作するソフトウエア
  • 契約交渉よりも、顧客との協調
  • 計画の順守よりも、変化への対応

少しだけ筆者が口を挟んで注意を促したいのは、アジャイルは元々より速く良いソフトウェアを提供したい、という意図で考えられているものの、内容はITどころか専門知識が一切出てこない「マインドセット」の集合であるということです。(だからこそ実務に適用するのは困難でアジャイルコーチなんて職業が存在するのですが、それはまた別の話)

また、「アジャイル」がビジネスで注目される背景には、昨今のビジネス環境が「VUCA」であることが挙げられます。
VUCAとはVolatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を組み合わせた造語。ITによる銀行などの既存ビジネスの崩壊や再構築が進み、世界の経済環境がますます不確実性を増していることはみなさんにも実感があるのではないでしょうか。
VUCAなビジネス環境下でできるだけより速く、より良いソリューションを提供するための、今のところ一番ベストな選択と思われるのが「アジャイル」なのです。

アジャイル国家(あるいは社会)

さて、前項でビジネス環境がVUCAであると書きましたが、VUCAなのはビジネス環境だけでしょうか?
そうではありません。「前例のないほどの不安定なメッセージや武器へアクセス」「フェイクニュース」「曖昧な法律とプロトコル」などによってグローバル世界もまたVUCAであるということが氏の主張です。その大きな例の一つが、クライストチャーチモスク銃乱射事件。氏は言います「アジャイル組織がVUCAなビジネス環境下に対するベストアンサーであるならば、アジャイル国家はVUCAなグローバル世界におけるベストアンサーではないか」と。

事件後、多くの市民がモスクに集まり、人々が手をつなぎ協力を示す「人間の鎖」をつくりました。個人的には首相、警官、ニュースキャスターなど様々な女性がスカーフを頭に巻いている写真が印象に残っています。そして政治的には「半自動小銃などの所持や販売を原則禁止する法案」が事件から1か月も経っていない4月10日に異例のスピードで採決されています。

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Rashina氏はこれらの動きを見て、ニュージーランドアジャイル国家のお手本ではないかと思ったそうです。
氏は前章にあげた「アジャイルソフトウェア開発宣言」の4つの価値を、アジャイル国家(社会)向けにアレンジします。
アジャイル国家の4つの価値は以下の通りです。

  • プロトコルやルールよりも、個人と相互作用
  • 閉ざされた意思決定よりも、コミュニティとの協調
  • スピーチや約束よりも、ポリシーや行動
  • 現状に従うことよりも、変化への対応

氏は語ります。

アジャイルがソフトウェアやビジネスに限定されていないことは明らかです、実際にはアジャイルの価値はより広い社会のコンテキストに適用できるのです。

「hey tangata hey tangata hey tangata」と言うマオリ語でトークは締めくくられました。
「hey tangata」とは「The people」 という意味です。

感想

アジャイル」ってみんながイメージするような難しいことじゃなく役に立つマインドセットなのになー、非IT系の方にまだまだ浸透していないのはもったいないなーと常々思っているので、アジャイルの考え方をビジネス以外に適用しようとするRashina氏の姿勢に、心から共感を感じながら動画を視聴しました。
と同時に、普段ほとんど考えることがない「世界や社会を変えるとはどういうことか」について少しだけ考えさせられました。

実は上で紹介していないのですが、動画で一番好きなのは「組織レベルと同じように、アジャイルラクティスは個人にも適用できる」というセリフ。

このセリフを聴いて自分がアジャイルを拡げようと思ったきっかけの一つが、徹夜続きだったのが速く帰宅できるようになったり、未経験なタスクがアサインされる際の心理的不安が解消されたりと「アジャイル」というマインドセットに個人的に救われた体験だったことを思い出しました。
そして「個人が変わること=社会を、そして世界を変えること」ではないかと最近は思い始めています。
これからも、アジャイルというマインドセットが、そして個人に役に立つことを少しずつ伝えていき、結果少しだけよりよい良い社会になればいいな、と思いました。
というわけで17分程度の短い動画なので、もしご興味あればぜひぜひご視聴くださいませ!!!

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*1:文中の翻訳はすべて筆者によるものであり、誤りなどはすべて私の責任となります。また、突然ブログが削除される可能性があります。